現代語訳『三州奇談』 その3「浅野の稲荷」

加賀の奇談集『三州奇談』の現代語訳を掲載中である。その1「空声送人」、その2「伝燈の高麗狗」に続いて、今回はその3「浅野の稲荷」である。これは金沢の市街地と農村地域の境界にあたる神社の、稲荷にかかわる奇談である。

時代としては藩政初期のころだが、北國街道行き来する狐譚でもあり、浅草寺の稲荷が登場する。柳田国男も注目した一編である。


[訳]

浅野山王権現は金沢の北部にある。一条天皇の時(九九七年)にこの地に鎮座した。この神社の名は近くを流れる浅野川の名をとってつけられたもので、この浅野川の水を手水としており、神々しく厳粛なたたずまいをみせている。


この神社には別殿として稲荷の社がある。これは武蔵の国浅草寺境内にある「弥三右衛門稲荷」を勧請して祀ったものである。


この稲荷社がどうして勧請されたのか、来歴について申し上げる。

明暦の頃、加賀藩三代藩主・前田利常公の家中に、熊谷弥三右衛門(本の姓は渡辺、碌三百石)という弓の名手がいた。利常公が金沢郊外の高雄に遊猟された時のことであった。白い狐一匹が犬に追いだされたが、弥三右衛門に対しその狐を射とめよと、利常公から仰せがあった。弥三右衛門は追いかけ射ようとしたが、その時白狐は仰向けとなって弥三右衛門に腹を見せたが、それは子を宿していることを示したものである。これを見て弥三右衛門はかわいそうに思って殿の命に反し逃してやったところ、殿はご立腹なされ弥三右衛門を改易(罷免)した。


この時、弥三右衛門と懇意にしていた小幡正次という武士が、旅費などを与えたほか、知りあいの弓の弟子たちが心ばかりの餞別をおくった。

弥三右衛門はとりあえず越前に知り合いがいたのでそこへ行こうとしていたが、ある夜助けた白狐が女の姿で夢のお告げにでて次のように言った。「私のせいで大変な不幸をこうむられ、申し訳ありません。私の夫である狐が東国の秩父にいるので、ひたすら江戸を目指してお行きください。命をかけてお金持ちにしてさしあげます」。


このようないきさつによって、弥三右衛門は江戸にでて浅草に住まいした。そうこうしているうちにまた白狐が夢にあらわれ、霊験あらたかな不思議なまじない札を差しだし、これを用いて人びとの病気治療をなさるとよいと告げたのである。

弥三右衛門は夢で白狐から教えられたとおりにしたところ数百人もの人びとの、いろいろな病気を治すことができ、そのお礼のお金は山のように積みあがった。。


そのあとのこと、仙台藩の伊達光宗卿の奥方(徳川秀忠の息女)が難病に悩んでいたとき、そこに呼ばれた弥三右衛門の加持によって全快するということがあり、殿様のお喜びは並々ならぬものであった。とうとう仙台藩主は加賀の殿様へ断りを入れたのち、仙台・伊達公に召抱えられることになり、五百石の禄を給わり、渡辺弥三右衛門という本名に立ち返った。

そして弥三右衛門は江戸で手に入れたお金で、浅草観音の境内に一棟の稲荷堂を寄進した。その後利益を土地の人びとが語り伝え、稲荷社は大変に繁盛した。


しばらくして弥三右衛門は、国をでる時世話になった加賀の小幡正次に、前に恵んでもらったお金を返し、その力添えに厚くお礼を述べたが、小幡正次はけっしてお金を受け取らなかった。弥三右衛門は、それならば小幡家の敷地内に祠を一つ建てさせていただき、お金はその代金としてお使いくださいますようにといった。こうして小幡氏の敷地内に稲荷の一社を建て、毎年祭りをおこない心からうやまい続けた。


ところが正次の子息である宮内の代となると、この社をほったらかしにしたままとなり、その上どこか知らぬ国の野狐の類をわが敷地内に祀り置くことは合点がいかないと、広言してはばからなかった。がそのせいかどうか、まもなく乱心して家に引きこもってばかりいるようになり、さらに夜の暗闇を歩くことなどが重なり、気が狂ったとみなされ、とうとう知行一万六百石が召し上げ、改易されてしまった。


これに関して、続いて次のことが起こった。宮内と同姓である小幡治部という浅野村の百姓が、俄かに神がかりとなって「我は宮内屋敷に祭られていた狐である。すぐに我を浅野山王の境内に遷して祀ってくれれば、末長く守護神となるであろう」と言った。これについて小幡治部の家に仕える岡島某を遣わし、それが真実かどうかたしかめた。


こうしたいきさつがあって結局、宝永四年(一七〇七)四月二八日に小幡治部が願主となって、神主厚見隠岐により稲荷社の遷座の儀式を執り行った。その夜金沢の町中に光がさし輝き、この稲荷が神変をお示しになった。この祠は今に至るまで、永く加賀国の守護神となったのだとのいい伝えがある。


「浅野の稲荷」はこんな話である。金沢の浅野神社の境内にはこの稲荷社が存在している。さらに稲荷講がもうけられており、今も8月15日には十数名の人が稲荷社の前に集まり、神主が祝詞を奏上した。


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