奇談の犬たち「家狗の霊妙」(『三州奇談』)その3 予知する犬

 山崩れ譚は、犬が山崩れを予知した霊力を語っている。犬の能力については、その感覚のなかでは嗅覚がもっとも発達しており、聴覚もまた鋭く、シェパードは人間の四倍もあるといわれる。犬はもともと自然界にあった食肉類の一種だったので、人との共同生活のなかで持ち前の感覚力を発揮し、自然界の動きを察知し、また獣の襲来を告げ、さらにそれを防いで、人間界と自然界が重なる場で働く存在となった 。自然界にいたという出自と能力、そして人との関係により、犬の性格が形づくられてきたのである。

  主人夫婦双方に危険を知らせた犬は、日常は普通の番犬だったのだろう。が、この白犬は人間には認知できない兆候を、鋭い感覚によって予知し、危機が迫っていることを、懸命に伝えたのである。その予兆は的中し、飼主の危機を救った。また、犬は地震を予知するといわれる。

 『日本地震史料』によると、江戸芝三島町の犬が、主人の着物を引っ張ったり泣いたりして外に出し、直後の地震で家の下敷きにならず助かったという(倉橋和彦『予知能力をもつ動物』)。

  ところで、がけ崩れ・地すべり・土石流など土砂災害には、地震よりはっきりした前兆現象があることがわかってきた。 

 その特徴的なものとして、①異常な音が発生する。石と石がぶつかったり、山鳴り、木が裂けたりする音がする。②異常な臭いが発生する。物が腐った匂いや、土の臭いは、山崩れ発生の前兆である 。犬は最も得意とする聴覚・嗅覚によりこれを察知する。

  喜兵衛の犬が急を告げることができたのは、以上のように犬のずば抜けた能力にプラスして、霊力がその背後にあったからであろう。

  さらにこの話では、山崩れを予知した犬は「白狗」であるとする。この白犬は古来聖なるものとみなされてきた。四世紀中国の『捜神記』には白犬は魔除けとなる話があり、『日本紀』大和武尊が山中で道に迷った時、白犬が導いたとの伝説がある。大災害を予知することができたのは、やはり犬のなかでも白犬であったからである。

  近世以前の人々は人間以上の能力をもつ動物たちの動きをよく観察しており、『三州奇談』では、繰り返しこうした動物の不思議をとりあげている。 

  このあと犬の霊力の話が三つつづく。   

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